ボスフォラスの風 1

 

 

錆の浮いている金属の扉の前で、003は立ち尽くしていました。

 

街のざわめきがひっきりなしに空中を漂っています。

 

歴史ある街なのに、この近辺は、中途半端に近代化の波をかぶっていて、ぴかぴかのオフィスビルと、手入れの悪い低い建物がそこかしこに残っています。

 

そんなありふれた古い雑居ビルの一つ、通りから直接階段を下りて行った先にある地下の部屋に、009が消えていったのを見たのは、30分ほど前でした。

 

以前は酒場にでも使われていたのか、外からうかがうだけでも、人が住むのに向いた部屋とも思えません。

 

偶然見かけたのではありませんでした。

彼女はここ1か月ほど、彼を監視していたのですから。


追尾していた末、たどり着いたのがこの地下室の扉なのでした。

 


再びイスタンブルに戻ってきたのは、サイボーグたちが生還して1年ほど経ってからでした。

 

ヴェネチアにそのまま居つく事もできたのですが、人種と文化が古代から入り混じるイスタンブルは、多国籍のサイボーグたちになんとなく居心地が良かったのです。

 

それに何より、トルコはアメリカとは地球の裏表、めいいっぱい離れた場所にあるのです。

 

ドバイが核で滅んで、アメリカは当初の予定通り、ギルモア財団とサイボーグたちに罪を着せようとしたようです。


が、彼らとて普通でない状態で立てた作戦で、正気に戻った今、まともに計画が発動できるわけがありませんでした。

 

結局、001と003が情報戦を制し、アメリカの陰謀をすべて白日の下にさらしました。

 

同時に、政府要人のスキャンダルを暴いて5~6人始末し、今後サイボーグたちに手を出したら許さないとお灸をすえたのです。

 

アメリカは、核を暴走させ、主要都市の一つを蒸発させてしまった悪の帝国と世界中から非難・嫌悪される立場になるところでした。

 

かろうじて、一歩手前で留まっていられたのは
サイボーグたちにもアメリカ人であるジェットがいたことと、

 

ハワイ沖の原潜の艦長の存在でした。

009たちが乗っ取った原潜です。

 

彼はギルモア博士と旧知の仲で、本国の命令に疑問を感じ、独断で核ミサイルの破壊を配下の部下に 命令・実行させた

ということになっています。

 

世界を危機にさらしたのがアメリカ人なら、危機から救った人の中にもアメリカ人がいる
という図式です。

 

彼の存在が「アメリカの良心」として、国際的立場をかろうじて救いました。

 

もちろんこれも001の指示でした。

 

こうしてアメリカに逃げ場を与えたことを大きな貸しにして、ギルモア財団は巨額の賠償をしっかり受け取ったのです。

 

1年たち、まだ世間はざわめいていましたが、サイボーグたちは、それぞれの人生に戻っていましたが、
009は財団にとどまっていました。

 

今回のお話には関係ありませんが、002と005もアメリカに帰国するのは時期尚早ということで、世界中に散らばる仲間の元に滞在したり、ふらりとイスタンブルに寄ったり、それなりに暮らしています。

 

009はギルモア博士からギルモア財団の理事長職を引き継ぐ事になっています。


ギルモア財団は大幅に規模を縮小し、国連の外部調査機関になるのです。

 

何の仕事を受け持つかというと、
軍事各国の遺伝子操作によるサイボーグ人間開発・人体実験禁止協定の監査委員会です。

 

「ブラックゴーストによる人体実験被害者の会」 
ともいえるサイボーグたちには ぴったりのお仕事というわけです。

 

ブラックゴーストの開発した負の遺産・サイボーグ技術を狙う軍事大国も、とりあえず国連の肩書には手出しできないし、
一石二鳥の職場です。

 

ただ、国連はいつも貧乏、というわけで、監査委員会は独立採算性。

 

依頼を受けた時だけ世界中から仲間が集まって
調査、報告、発表、(たまに実力行使)を行い、
(国連の期間従業員ですな)

普段は自国で、それぞれの仕事をし、常勤は001と003と009くらいです。

 

この3人と引退したギルモア博士、
日本から遊びに来たまま居ついたコズミ博士が イスタンブルで暮らしています。

 

偏屈じじいになっていたギルモア博士も、
気のおけない友達と可愛いジョーがいっしょにいるので、ちょっぴり柔和になってきました。(おい・・・)

 

001と003はネットを駆使し、株とFXで委員会の財政を支えます。

 

特に001はコズミ博士の名前を借りて、貧者のための銀行を立ち上げ、
世界の貧困層を救済をしつつ、しっかり利益も上げています。

 

009は暇なときは
聴講生として大学に通い、ギルモア博士やコズミ博士について、ロボット工学や生化学を勉強しています。

 

009はほかの8人を作成したノウハウすべてを結集されている
最も優れたサイボーグなので、
当然001同様のすぐれた脳も搭載しています。

 

ずっと不本意な環境に身を置いていたので、フル活用するのに制限をかけていたのですが、

今こそ人類の幸せのために生かすべきと、
潜在能力を惜しみなく発揮し、勉強に 世界平和に貢献するのでした。

 

 

絶望と不安にさいなまれていた昔とは正反対の幸せな日々。
ところが、フランソワーズは言い表せぬ不安を抱きます。

 

時々お騒がせはあるものの、
それなりに穏やかな日々を過ごしているみんな。
でも、青空のかなたから遠雷が響いてくるような不安が003に忍び寄ります。

 

009はいつものように優しい。
でも、能力が格段に高まりすぎていて、恐ろしいほどです。

 
知識や情報は一度見聞きしたことは絶対忘れないし、
体術も達人の動きを観察し、二三度質問して練習したら、
まったく同じ能力を会得してしまう。

 

003がグランフェッテ(バレエの大技)を披露して見せたところ、すぐにコピーして見せた。

 

外国語にしても、学び方は強引です。

頭の中の電子頭脳に辞書ソフトを直接入れて、(いいなぁ)
現地人と2~3日徹底的に会話したら、ネイティブ同様会話できてしまう。

(余談ですが、国連職員は7か国語話せることが必須だそうです)

 

国際法にしても、工学にしても、
テキストやデータを直接頭に突っ込んでしまうやり方で
眠っている間に人工頭脳内に整理して自分の知識にしてしまう。

 

万一ウィルスが混じっていたら危険だという004に
「のんびりしている暇はないから」
と笑って答えるだけ。

 

こんなやり方は009らしくない・・・

 

いくら、戦いでなく人助けなのだからと言っても、
昔の彼の、自分との向き合い方とあまりに違うので、
003が不安に感じるのも無理はないことでした。

 

「まるで自ら機械になろうとしているみたい。。。」

009の穏やかな笑顔の裏になにかありそうな
不安が003に付きまといます。


そんなとき、ギルモア博士とコズミ博士が
難しい顔をして003に打ち明けます。


009の人工頭脳のブラックボックスが開封された形跡がある。

 

彼らは009の体の定期メンテナンスをしていて気付いたのです。

 

ブラックゴーストの壊滅と同時に、悪の開発したサイボーグ技術はすべて
消去されましたが、唯一残されている場所があります。

 

それぞれのサイボーグたちの人工頭脳に
設計図とデータすべてが記録され、ブラックボックスとして封印されているのです。

(ビルの定礎にその建設物の設計図が入っているのと同じですな。)


彼らの設計は現世界にとってオーバーテクノロジーであり、
万一漏れでもしたら、脅威になりかねません。

 

それが開かれた。

誰によって?

最強のサイボーグの頭脳を外部の者が強引に見ることはできない。


となると、
009本人しかありえない。

 

ギルモア博士は、

ことによっては再び009の記憶を操作し、日本に送り返さねばならない

とまで考え始めました。


とうとう003は自ら課した禁をやぶり、
009を監視し始めます。

 

眠っている009の人工頭脳にアクセスし、
その日の記憶を盗み見る。

 

そんな自分を嫌悪しつつ、
そうせずにはいられない。

 

そこまでしても、重要そうな記憶にはロックがかかってて、
断片的にしかわからない。


「最近,元気がないね.。」
と心配してくれる009の顔も
ろくに見つめられない日々が続いたある日、

とうとう自分の知らないビルの地下室に入っていく009を
見つけてしまいます。

 

断片的に見える009の記憶に
確かにこの地下室のドアがあった。

 

003は錆びたドアを見つめて立ち尽くしました。

 

 

 

ボスフォラスの風 2

 

 

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