南回帰線 後

   サイトマップ

 

 


 
 
彼らが、日本のコズミ博士の家に転がり込んでから5日経とうとしていた。
 
001が最後の力をふりしぼって、日本のコズミ博士の家に全員を瞬間移動してくれたのだった。
 
ギルモア博士の家もドルフィン号もない今、受け入れてくれる場所はここしかかない。
 
多少の機材も預かってくれている。
 
 
あいさつもそこそこに、全員が002と009の捜索にあたっていた。
 
当日の流星や隕石の記録を世界中の天文台に問い合わせたり、人工衛星のキャッチした電磁波の情報を集めて分析した。
 
砂丘から一粒の砂を探し出すより難しい作業だとわかってはいたが、せずにはいられなかった。
 
 だが、不眠不休で5日間。
それも地の底で死闘をくぐりぬけた直後である。
そろそろ全員が疲労の色を濃くしていた。
 
003がソファに倒れこんで眠っていた。
目を瞑っていてもわかるほど瞼が腫れて、髪も乱れてほほにかかっている。
傾いた西日が、彼女の体の上にまだらの影を作って揺れていた。
 
ギルモア博士は小さくため息をついて、003に毛布を掛けた。
 
一人PCに向かっていた004が振り返って溜息をつき、首を振った。
 
二人の生を信じたい気持ちは皆同じだ。
 
だが、ずっと気づいていた。自分たちが二人の遺体を探していることを。
そして、それさえも限りなく不可能に近いことを。
「博士、これからどうします?」
 
敵を壊滅させ、平和を取り戻したのだから
それぞれの国に帰って、自分が幸せになる努力をすればいい。
 
だが、仲間を二人失いかけてる今、その未来に踏み出せる者はいなかった。
 
「せめて003の気が済むまで、わしは探し続ける…」
ギルモア博士は沈痛な面持ちでやつれた003寝顔に目を落とした。
 
自動車のエンジン音が近づき、車庫と兼用の庭に車が入ってきた。
コズミ博士が戻ってきたのだ。
今日は、以前勤めていた大学に行くと言って出たが、なぜか急ぐ足音が庭を横切って家に入ってくる。
 
いかなる時ものんびりとしたペースを崩さない好々爺が、「ただいま」も言わずに部屋に入ってきた。
手には小さな紙切れが握られている。
 
「あの子の名前は何と言ったかね?
ああ、ほら002だったか? 君たちが探している・・・」
 
「ジェット。ジェット・リンクと島村ジョーだが?」
004の返答にうなずきながら、手にした紙切れを二人に見せた。
 
「今日大学に行ったら  」
 
大学の事務局にかつての教え子が働いているのだが、大学経由でコズミ博士宛ての電報が届いているという。
 
 
アルゼンチンからの国際電報だったが、
生化学の教授であるコズミ博士とは全く関係のない内容だし、
送り主も聞いたこともない航空会社だ。
 
間違いだとは思ったが、一応取り置いて、ご連絡いたしました、と言うのだ。
 
アルファベットでつづった内容はこんなものだった。
 
   隕石発見・回収成功。至急連絡乞う ジェット
 
 
「博士、これは・・・」
 
あまりに不確実な情報だ。
 
間違いならまだしも、BGの残党か、あるいは未知の敵の罠かもしれない。
「迂闊には動けません。もう少し・・・」情報を集めてから、
と続けることはできなかった。
 
「行きましょう。すぐに」
 
003が、背後ですくと立って決めた。
充血した瞳は、数日ぶりに光をたたえていた。
 
 
 
湿気を含んだ風が吹き付けてきた。
雷鳴はもはや遠いものではなく、重く垂れこめた雲は今すぐにでも大量の雨を落としそうだ。
 
遠雷が響いた時から、002は準備を始めていた。
 
009の傷口に防水ジェルをもう一度塗り込め、テープをで厳重に覆った。
 
水は精密機械の大敵である。
彼らの体は、設計段階で幾重にも対策を施しているが、生体部分への感染症や、精密機器のショートなど、浸水はウォーターハンマーと称されるくらい厄介な敵なのだった。
 
やがて、空から最初の一滴が落ちてきた。
 
続いてばらばらと音を立て、たちまちスコールと化す。
 
マフラーを広げ、岩を利用して少しでも防ごうとしたが、たちまち叩き落されて、009を抱きかかえ、ずぶぬれのまま雨が上がるのを待つはめになった。
 
気温が極端に低いわけではないのがせめてもの慰めだ。
 
雨に耐えながら、002はパイロットに頼んだ伝言を想った。
 
パイロットは日本に連絡してくれただろうか?
仲間がコズミ博士の家にいるとは限らない。
 
だが、連絡先をあれこれ説明してる暇はなかった。
低空を飛行している飛行機が、頭上を通り過ぎるわずか数十秒を狙ったのだから。
 
それに、あの博士なら事態を察して002の伝言をギルモア博士の元に送ってくれるだろう。
今の状態でできる唯一の連絡だ。
 
あとはパイロットが律儀な性格であるのを祈るしかない。
 
ふと、002は自分たちが浅い水たまりの真ん中にいることに気付いた。
 
この豪雨だ。
足元に水たまりができるのは当然だが、
恐ろしいことに、辺りに露出した地面が見つからなくなっている。
 
   しまった・・・
 
大平原で大雨に遭遇したら、全速力で高い場所に逃げなくてはならない。
水は大地のわずかな起伏を見逃さず、低い土地に集まってくる。
 
1時間足らずで、直径数キロもの湖が出現することさえある。
 
002は少し移動し、009の体を引き寄せた。が、どう考えてもこのやり方は効率が悪い。一度で進む距離は50センチがやっとで、そのたびに二人とも泥水を被る。
 
二人が少しでも離れすぎたら、ケーブルが切れる恐れさえある。
 
   雨がすぐ止むと信じて、この場でやり過ごすか・・・
だが、天候は迷う暇さえ与えてくれなかった。
 
足元の水はどんどん深さを増し、泡を浮かせて四方から流れ込んでいるのがわかる。
 
覚悟を決めて、002は009の体を背にしばりつけた。
立てない彼が水から逃げるには、這って進むしかなかった。

 

 

 

7 
 

濁った水は、二人が二日間身を寄せてきた小さな丘をも飲み込み始めた。
 
一昨日、どうにかこの丘に這い上がり、雨がやむのを待つつもりだった。
だが、予想に反して雨雲は上空に居座って、消滅する気配もない。
 
夜明けと同時に002は再び移動を決意した。
 
見渡すと、
飛び石的に小さな地面は顔を出しているが、この丘よりも頼りなげで雨が上がるまで持ちそうにない。
 
   やはりあの高台まで行くしかないか・・・。
 
晴れていたころ、遠くにごつごつとした岩山の連なりが見えた。
そこまで行けば水も追ってこられないだろう。
 
問題はそこに至るまで、自分たちの身体がもつかだ。
 
ジェルで固めただけの傷口も心配だが、
場合によっては長時間、水底を這って移動しなくてはならない。
体内の酸素タンクを使っても、何度か息継ぎする場所は絶対必要だ。
 
002は再び009の体を背負ったまま水に入った。
浅瀬を探りながら、用心深く進み始めた刹那、突然頭の中にノイズが飛び込んできた。
 
「・・・2、・・・えたら・・・」
脳波通信だ。
「003!!」
最大出力で返答し、足場を確かめるのが一瞬遅れた。
 
手近な岩をつかんだが、それももろく崩れ、二人の姿はたちまち深みへと飲み込まれていった。
 

奇跡に等しい速さでギルモア博士とサイボーグたちが南米の片隅にたどり着いたのは、その日の午前中だった。
 
国際空港で入国し地方空港へ、ヘリをチャーターして、沙漠のほとりの街に移動する間、003はずっと二人に脳波通信で呼びかけていた。
 
一行はひとまず基地として、小さな宿を借り切り、日本から持ってきた機材を運び込んだ。
007が大きなアンテナを立て、005がヘリポートを整えた。
 
衛星写真とプリントアウトしたデーターが宿の一室の壁一面貼り付けられている。
 
入国から宿や車の手配はすべて現地の有力日系人が行ってくれた。コズミ博士の教え子だそうで、必要なら永住権だって用意しますと請け負ってくれた。
 
博士の囲碁仲間である004は、設置しておいた機材の最終チェックを行っていた。
 
その間も、003はギルモア博士とヘリで捜索に向かっている。
 
自分が受け持った機材を設置し終えた者も、わずかな隙を縫って、4WDで沙漠を捜索していた。
 
ヘリ着陸の爆音がとどろき、ギルモア博士と008が下りてきた。表情から結果は聞かなくてもわかる。
 
「増幅した脳波通信で呼びかけたんじゃが。」
さすがにギルモア博士は強行軍続きで顔色が悪い。
「燃料補給してもう一度行きましょう」
「もうすぐ日が沈む。それに君は休んだほうがいい」
パイロットの008が制止した。
 
「君の声は二人に届いてるよ。あとはくまなく飛んで、二人の通信圏内にヘリを持っていけばいい」
 
004も同意した。
「博士も休んでください。彼らはきっと怪我をしている。救出した後はあなただけが頼りなんですから」
 
宿に入っていく二人を見送りながら、008に004は尋ねた。
「二人の脳波通信の範囲は狭いのか?」
「狭いって程じゃないけど、003と比べると・・・10分の1くらいかな。」
「こちらの声は届いても、返事がこっちに届かないのか。」
 
「009はそれでも幾分はましなんだけどね。002は空を飛ぶだろ。
体を軽くするためにハイパワーの発信装置がつけられないんだよ。」
008は話を本筋に戻した。
 
「午後いっぱいかけて、可能性のあるポイントはいくつか回ったんだ。」
地図を広げて指さしながら説明する。
 
「明日はこのあたりに行ってみる」
 
「ほとんど山地じゃないか。パイロットは平原で受信したと・・・」
 
「地図では山地に見えるけど、ほら、盆地なんだ。周りの山も低くて、空から見ると平原にも見えるだろ?」
 
今日の気圧配置と天気図を持ち出した。
「今この盆地は大雨で、近づけないんだ。何年ぶりかのスコールらしい」

 

 

 

 

 

 

ウユニ塩湖 ぱくたそ提供
ウユニ塩湖 ぱくたそ提供

 

  

 


 
長く居座った雨雲も、上がり始めると素早かった。
水の粒がいまだぱらつく空は鼠色の雲の切れ間から、青というより群青色の南米独特の色をのぞかせている。
 
大地を覆った水は巨大な浅い湖となって、空の青を映していた。
 
突然出現した湖のほとり、大きく突き出した岩に向かって、水中からざぶりと手が伸びた。
 
さんざん苦労して、002は自分と009の体を岩の上に引っ張り上げる。
 
泥をたっぷり含んだ髪をかき上げ、疲れて肩で息をしていたが、唇の端をつりあげて、笑った。
 
スカーフをほどいて、009の体を岩の上に注意深く横たえ、やはり荒い呼吸をしていることを確認した。
「OK.GOODBOY.いい子だ。ちゃんと息してるな。
 
003からの通信は聞こえたか?
じきにみんなが迎えに来る。俺たちは助かったんだ。」
 
返答はない。
沙漠に座り込んでいた時も、雨の中を必死で水から逃げていた時も、何十分も泥水の底を這って進んでいた時も、009は何の反応も示さなかった。
 
009の瞳は半分開いたまま、今も雨の残る群青の空を見つめている。
 
002にはそれがどうにも腹立たしかった。
「生き延びたんだぜ。何のために二人で泥の中を這いまわったんだ!!。」
 
「俺たちは勝ったんだ!ざまあみろ」
 
突然鋭い警告音が響いた。ぎょっとして見回したが、周囲にはだれもいない。また警告音が鳴る。
ほかならぬ002の頭の中で。
   バッテリが!?
 
体内電池には、緊急用のわずかな電力しか残っていなかった。
 
   発電装置も 停止している!!ウォーターハンマーか?!
水がエネルギーを奪い去り、発電装置まで破壊したのだ。
 
念入りにふさいだが、しょせん応急処置である。ちぎれた脚で1日中水の中を移動していたら、水が入らないほうがおかしいくらいだ。
 
慌てて002は009の体をチェックしてみた。
幸いにもこちらには異常はない。それだけが救いだが…
 
残存エネルギーは、もって五時間くらいか・・・。
 
009に異常がないといっても、002が機能停止してしまったら、002から自律神経の信号をもらっている009もそれでおしまいだ。
 
二人の命は、002のバッテリーの残存時間分しか残されていない。
 
002の頭の中で、また警告音が鳴った。
エネルギーの残存量が減るにつれて、警告音が鳴る感覚は短くなっていく。
 
だが、どう警告されようが、ないものはないのだ。
 
唯一望みがあるとしたら、近くまで来ている仲間が、すぐ自分たちを見つけてくれることだが・・・。
 
   賭けてみるか・・・
 
003が今も自分たちの声を探してくれていると信じて、最大出力で脳波通信を放つ。
 
   届け!!
   ここだ。俺たちはここにいる。生きている。
   気付いてくれ。003!! みんな!!
 
必死の呼びかけは、赤く染まりかけた地平線に吸い込まれていった。
 
 
時間をおいて、2度、呼びかけてみたが、返事はなかった。
 
沙漠に再び夜が訪れた。
 
最大出力の通信は、いたずらにエネルギーを消耗させただけだった。
警告音はひっきりなしに続き、それもやがて停止した。
 
 
万策尽きた。
 
警告音がやんだことで、周囲の静けさが一段と感じられた。
 
昼間は荒れ狂っていた水の大地も、今は穏やかな星を映す鏡となっている。
満天の星と大地の星のはざまに二人はいた。
 
   まるであの時みたいだ。
009と宇宙空間に浮いていた時。
 
あの時、002の祈りは届いたのだ。
一人で死なせたくないと、宇宙で009を捕まえることができれば
あとは何もいらないと、ただそれだけだったのだから。
 
少し寒い。
 
電圧が落ちてきているのかもしれない。
 
002は009の体をしっかり抱きかかえ、栗色の髪に頬を寄せた。

宇宙でこうして彼を抱きしめたとき、009はかすかに微笑んだ。
ほんの一瞬だったけど、本当に幸せそうな笑みで、それだけで002は
まぁいいかな
と自分の運命も受け入れられたのだ。

まだ湿っている髪を通して、温かさが伝わってくる。
呼吸も穏やかだし、脈も打ち続けている。
 
今、二人とも確かに生きているのに、ほんの数十分後に死ななくてはならないのは、不思議だった。
 
「それでも、お前を助けたかったんだけどな」
もうすぐ眼も機能しなくなる。その時まで、009を見つめていたかった。

009の瞳は星を映していて、まるで小さな星空が封じ込められているみたいだ。
   
002もそうだが、009も人工の眼球だった。
 
徹底的に、兵器としての能力だけを優先してはめ込まれているそれは、
今まで、本来の意味で使われたことは一度もなかっただろう。
 
仲間に向けられる視線はいつも優しく、
敵に対してさえ完全に凍ることはなかった。
 
その奥に強い意志が隠れていることも知っている。
 
その009の瞳が、星々を映して煌めいていた。
この数日間、002を不安にさせていたうつろな光ではない。
 
 
半分開いた瞼はピクリとも動かず、瞳孔も無反応だ。
唇は動かない。
表情も変わらず、声を発しようと試みることもない。
 
だが・・・。 
 
彼の頬を触ると、冷えた002の手に、温かいままの009の体温が、優しく伝わってきた

 

 

 


 
乾いた大地をヘリの風が猛烈に吹き付けて、枯草や砂を巻き上げている。
003とギルモア博士はそれらをなるべく被らないよう、最後の機材を抱えてヘリに乗り込んだ。
 
パイロットに008が、ナビ席は005がすでに乗り込んでいる。
 
日が昇るのを待ちかねて、一行は捜索を開始した。
 
「昨日近づけなかった盆地に行くだろ?」
ヘリの音に負けないよう、008が後部席を振り返ってどなるように言った。
 
髪を抑えながらうなずく003の顔色は昨日より大分いい。
 
   少しは眠れたみたいだな。

地上捜索係りの004と007が手を挙げて合図し、その隣で宿の主人がにこにこと手を振ってくれている。
 
彼には、行方不明の仲間を探していると告げているだけだが、余計な詮索をせず宿代以上に協力してくれるのはありがたかった。
 
「宿のご主人がさ。」後部席に向かってどなる。
 
「今日こそ、お友達が見つかるといいですねって。」
003の表情が、初めて和らいだ。
 
「それからね、昨日まで雨だったところへ行くのなら、凄いものが見られるよって、言ってたよ。」
 
「すごいもの?」
 
「ぼくも知らない。着いてからのお楽しみだって。」
 
ヘリは一直線に山地を目指した。
昨日、雷雲と霧に阻まれた地域も、今日はノンストップだ。
ヘリが沙漠の上に出てからずっと、003は地上からの通信に耳を澄ませていた。
同時にヘリから誰よりも優れた視力で探索する。
 
いつまでも続くかと思われた乾いた平原は少しずつ起伏が多くなり、前方に低い尾根が現れた。
ぐんぐん山肌が近づき、ふわりと軽い浮遊感とともに尾根を飛び越える。
 
ヘリの前方いっぱいに水の平原が広がっていた。
溶けていた泥が沈み、今は澄んだ水が空の色を映している。
 
「雨のせいね。まぼろしの湖が出来てる。」
 
赤茶けた沙漠を見続けた目に、濃いブルーの湖は心までしみてくるようだった。

機内の4人は自然の作り出す奇跡にひと時目を奪われたが、
この奇跡が何を意味するか気付くと、綺麗だなんて思っていられなくなった。
 
傷ついた体で水に浸るなんて、最悪極まりない。
 
008は003に告げた。
「できる限り低空で飛ぶよ。二人が避難していそうな湖岸から。」
 
高台にいるのなら、早く見つけて救助する。
もし水底に沈んでいるのなら・・・
 
硬い表情でうなずく003は、近づいてきた地表に目を凝らし、
結果、もう一つの大自然の奇跡を知る。
 
だが、程なく、彼らのもっとも望んでいた奇跡が起きた。
 
「ジェット!!」
立ち上がって叫ぶ003に、他の3人の視線が集中する。
003の表情がたちまち緩み、大粒の涙が零れ落ちている。これが何を意味するか分からぬ者はない。
 
ギルモア博士が急いで機械を操作し、音声変換された002の通信が機内に流れ、現在位置を告げた。
 
湖に大きく突き出した高台の岩に黄色いマフラーがはためいている。
岩にもたれて座っている002と抱きかかえられている009が、機内の全員に確認できた。
 
 
 
「来たぜ、お迎えが」
 
002はヘリの風でなぶられる009の髪を抑えながら言った。
 
風で揺れているのは髪だけではない。
 
ケシの一種かヒナギクなのか・・・二人のいる高台一面、いや、水で覆われていない土地は見渡す限り、一夜にして野生の花畑に変わっていた。
 
 
ヘリが着陸するのを待ちきれず、003が、そして仲間たちが転がるように降りてくる。
この瞬間を何度夢に描いただろう。
 
だが、予想に反して、仲間たちはぎょっとした表情で凍りついた。
 
002はいぶかしんだが、自分たちの姿を思い出して苦笑した。
 
二人とも大気との摩擦で皮膚があちこち焼けて溶けていた。
 
それだけでも異様なのに、002は両脚を失い、汚れたマフラーでぐるぐる巻きにして草の上に放り出している。
 
二人の首の後ろからは何本もケーブルが出て繋がれている。
 
おまけに脇腹までも大きく切り裂かれ、この傷口からも血で汚れたケーブルがお互いを繋いでいた。
 
とてもまともな姿ではない。
  
殺人現場か、残酷に装飾された人形かといった状態なのだから。
 
だが、まぎれもなく二人は生きていた。
 
首のケーブルからは002から009へ生命の信号が送られ、
脇腹の奥にある002のバッテリーは、009のそれからエネルギーを受けていた。
 
あの時、009は意識のないまま訴えていたのだと思う。
自分のエネルギーを使え、と。
諦めるな、と。

002は口の端を吊り上げ、不敵な笑みで手を挙げた。
 
凍っていた時間が溶け、前よりもっと喜びにあふれた仲間たちが駆け寄ってくる。
 
「もういいぜ」
002は009の瞼に触れた。
 
「俺もお前もよくがんばった。次に目が覚めるときは、ずっと気分いいところにいるさ。」
 
静かに瞼を閉じさせる。
 
「さすがに俺もオーバーワークだ。しばらくのんびりさせてもらおうや。」
 
仲間たちが駆け寄ってくる。
今、俺たちに触れる。
 
この瞬間を、どんなに待ちわびたか・・・
 
南米の 宇宙まで続く群青色の空に、野生の花々が生命の賛歌を歌っていた。

 

 

 

 


終了

 

 

 

 


002のエネルギーは、飛行用の特殊ジェット燃料と、
発電装置による電力の2種類ある という設定です。

(このあと、小説「戦士二人」に続きます。001と009がごろごろしてるだけの話ですが。。。
ご興味とお時間がありましたら、どうぞ。)

2013.4月11日
しろくま  

 

 

 

 

 

南回帰線 前

 

小説トップ

 

ホーム