戦士二人

 

009は見覚えのある部屋で目が覚めた。

 

少し時代を感じさせる、タイル張りの実験室か手術室のような。

その中央の、やはり実験台のようなベッドの上に自分は薄手の毛布をかけられた状態で横たわっていた。

自分に数々のコードやケーブルが繋がれ、周囲の機械が静かなリズムで記録を刻んでいる。

 

ゆっくりと上体を起こすと、少し頭がふらつき、何本かのケーブルが体から引き抜かれ、床に落ちて硬い音を立てた。

 

「ここは・・・」

 

うまく記憶が甦らない。

 

009は手術台や実験室と縁のある生活を強いられてきたが、ここは決していやな記憶の残る場所ではなかった。

 

「そうか・・・、ここはコズミ博士の…」

日本の好々爺の家。

昔、行き場をなくした時、仲間を丸ごとかくまってくれた恩人の博士の家だ。

が、、どうして自分がこの場所に寝かされているか、思い出せない。

 

「みんなは・・・」

起き上がってみると、妙に風通しがいい。

見ると、ほとんど裸に近い状態だ。

 

ごそごそと自分の体にかかっていた毛布をマントのようにかぶろうとして、気づいた。

 

右腕が・・・

 

肩口からなかった。

さすがにぎょっとして、そして記憶がよみがえった。

 

魔神像内部の死闘で、右腕を傷つけられた。

それから、宇宙に放り出され、ジェットに拾われて・・・

どうにかみんなと再会できた。

 

多分、ひどい損傷を受けた右腕を、博士たちが取り外して修復してくれているのだろう。

 

不安にはならなかった。

自分は仲間たちのもとに帰ってきたのだから。

 

そう思うと、みんなの姿を一刻も早く確かめたくなる。

ふらつく足元を踏みしめて、009はゆっくり床に降りた。

 

 

 

 

 

 

 

手術室は地下にある。

確か、そうだったはず・・・

 

かつて慣れ親しんだコズミ邸の間取りが、うまく思い出せない。

 

魂は空中に浮いて、体を遠隔操作しているような感覚で 

ふらついてしまう。

 

引きずった毛布を踏まないように、一歩一歩踏みしめて、慎重に階段を上がり、地上階に出た。

 

外は、夕方というにはまだ早い時刻だ。

柔らかな光が、大きな窓から差し込んで、家の中を明るく照らしていた。

 

が、ここにも仲間の姿も、博士たちの姿もない。

 

しんとした家の中と、穏やかな午後が 不思議に非現実的に見えた。

 

ずるずると毛布を引きずって、009はリビングの大きなソファに向かった。

そこに一人だけ、仲間がいた。

 

庭の風景を眺めるために窓に向かって置かれたソファの前に、小さなカゴにすっぽり収まって、001が眠っていた。

 

009は起こさないように、ソファに腰かけたが、気配を察したのか、それともちょうど起きるタイミングだったのか、不思議な赤ん坊は目を覚まし、

009の姿を認めて、目を見開いた。

 

「009、無事だったのかい?」

 

どうやら、001はコズミ博士の家にみんなとテレポートでたどり着いて、そのまま寝入ったらしい。

009の生還を、今はじめて知ったようだった。

 

009は微笑んでうなずいた。

何か言いたかったが、頭がぼうっとしていて、うまく言葉がつむげない。

 

「おはよう。001。 その・・・服を探してるんだけど、どこかにあるかな?」

他に言うべき言葉もあるはずなんだけど・・・

なんだか、心さえも自分のものではない気がした。

 

 自分にとまどっているの009に気付いてか、気づかないのか、

001は隣の部屋のクローゼットを無言のうちにしめした。

以前、滞在していたとき、そこにみんなが適当に服を突っ込んでいた。

 

ようやく服を着て、ひと心地ついて、009はソファに座りなおし、かごから001を抱き上げた。

 

 

 

 

 

「君も、今起きたところなの?」

まだ半分眠っているような009の問いに、001は黙ってうなずく。

 

001は009が服を着ている時、右腕を失っている事に気付いた。

ほかにもまだ修理しきれてない傷跡が体中にある。

 

敵陣の真ん中に送り込まれ、どんな死闘を繰り広げたか、容易に想像できた。

他に手段がなかったとはいえ、それを強いたのは001だ。

 

 009はソファに身を預けて、

抱いた赤ん坊の心痛に気づいたふうもなく、

 

ゆっくりと傾いていく日の光に半分まどろんでいるようにも見えた。

 

「夢を…見てた。」

ぼうっとした口調で、つぶやいた。001に語りかけるようでもあり、

独り言のようにも聞こえる。

 

もしかしたら、まだ麻酔が覚めていないのかもしれない。

 

「え?」

「眠ってる間・・・いろんな夢。

子供のころのや、みんなと旅してた時のことや、母の…」

  ふと、言いかけて、

「おかしいね。顔も、全然覚えてないのに…」

回想と日の光を楽しむように、009は微笑んだ。

 

001には母の記憶が少しだけあった。

少し太っている優しい人だった。

彼女は夫によって、001の実の父親によって、目の前で殺されてしまった。

 

001を守ろうとして。

 

 

凄惨な記憶でも、母をとどめている001と、

どこのだれか、どんな顔立ちだったかさえ永遠に突き止めることさえ

できない009と・・

 

最強のサイボーグである自分たちは、

ある意味、正反対の出生をもっているのだと

 

どちらが幸せなんだろうと、そんな皮肉な考えが浮かんだ。

 

「ありがとう、001。」

 

まだ半分眠っているような、とろりとした口調で言うので、

001は聞き間違えたかと思った。

 

「? なにが?」

 

「ずっと言いたくて・・・なかなか機会がなくて・・・。

ありがとう。あの時、待っててくれて。」

 

あのとき・・・・

急な展開に、さすがの天才赤ん坊もついていけずに、記憶をめぐらす。

 

「初めて会ったときだよ。

眠ってる僕を起こしてくれて・・・

みんなと・・ぼくを待っていてくれた。」

 

どうやら、敵のもとから、初めて仲間と集い、逃げ出したときの

事を言っているようだ。

 

あの時も、009は眠っていた。

九番目の、 より完成された兵器として基地奥深く厳重に保管されていた。

 

その完全なる兵器を、001は起こして連れて行かなくては

と、仲間に主張した。

 

彼が追手に回れば全員命はない。

逆に味方につけることができれば、生き延びる可能性が見えてくる。

 

一刻も早く敵の基地を離れたがっている仲間を押しとどめて、

009が合流するのを待ったのだ。

 

自分と仲間が生き延びるために。

 

   

「あの時、イワンが僕を起こしてくれなかったら・・・・、

みんなに僕を待つよう言ってくれなかったら、ぼくはきっと・・・・」

 

009は言葉を止めて、しばし移ろいゆく日差しに視線を移した。

  

彼が追手に回っていたら・・・

001でさえも想像するだけでぞっとする。

 

009は間違いなく、ただ一人で他の8人を抹殺する力がある。

 

自分たちすべてが闇に葬られ、

BGが悪魔の力をふるい放題の世界を想像して、001は戦慄した。

 

あの時の自分の判断が、世界を救ったのかもしれない。

うぬぼれではなく、そう思う。

 

だけど、009が最も恐れていたことは、

大好きな仲間を自分が皆殺しにしてしまう可能性の方だ。

 

惨劇に手を染めてしまう009を001は救ってくれた。

 

どんな理由でも彼の001に対する感謝は揺るがないだろう。

 

 

 

何人も、追っ手が来た。

中には、出会いさえ違えば友達になれたかもしれない人もいた。

 

009にとって、彼らはもう一つの自身の姿だった。

 

彼らを説得しようとして、窮地に追い込まれたこともある。

 

暗殺者に心をよせる009を

どうかしてると思っていた。

 

自分は怖くてできない。

敵を憐れむことは、すなわち死に直結するから。

   

 

だが、たぶん009は違う・・・

彼が敵にさえ憐憫の情を覚える本当の理由は・・・ 

 

 

 

 

「イワンは大人にならないの?」

 

無邪気な質問に、001の思考は遮られた。

いつもの009なら絶対にしない問いだ。

 

話題が飛んでしまうし、やっぱり半分夢の中らしい。

 

「ぼくがわざと赤ん坊のままでいると?」

 

「わからないけど・・・。

001は頭がいいから、僕らでは考え付かない理由で、

わざと子供のままでいるんじゃないか、とも思ってる。」

 

答えない001を少し赤みががかった茶色の瞳が優しく見つめる。

 

「どちらでもいいけど・・・君が幸せなら。」

 

いとおしそうに001にほおずりして、

ころりとソファに横になった。

 

「今のままでもいい。こうして抱いてあげられるし、ミルクのいい香りがする。」 

 

くすくす笑う009は、ますます意識がぼやけているみたいだ。

どうやら、まだ寝てなくてはおかしい時間だったらしい。

博士たちの予測より早く起きてしまうのは彼の癖なのか。

 

 

「わざと・・・は君の方だよ、009。」

 

いっしょにソファに横になりながら、

つぶやいた。

 

「とうとう最後まで、能力の半分も使わなかったね。」

 

001はギルモア博士と 仲間全員の設計と搭載された能力を

検討したことがある。

 

009の能力は加速装置をはじめとする身体能力だけではない。

人工知能と生身の脳と、

双方の優れた特性を発現できるはずだった。

 

優れた判断力・記憶力、完璧な脳が司る完全なる

ボディコントロール、

 

ギルモア博士が生涯をかけて開発した、

改造人間の最高峰が009だった。

 

それなのに、戦闘では

判断力は甘いの極み、

身体能力さえも100%使いこなしていると言いがたい。

 

「生きている人間と機械を融合させたのだから、

期待通りにはいかない。」

ギルモア博士はあごひげをさすりながら、

やや渋い顔で言っていた。

 

だけど・・・

001は思うのだ。

 

009は無意識のうちに、

自分の能力に制限をかけているんじゃないかな。

 

証拠に、何度も死にそうになりながら、

死ななかったじゃないか。

 

今度だって、宇宙から生きて帰ってきた。

 

運が良かったと一言で済ませるには、多すぎる。

 

本当は、「能力を使えない」じゃなく、

「使いたくない」のではないか?

 

人が持てる能力をフルに使えるのは、それを楽しんでいるときだけだ。

彼が、「戦闘行為を楽しむ」ことを自身に

許すはずがない。

   

彼は強い。

それを、無意識に自覚している。

 

強いから、敵を憐れむ余裕も生まれる。

 

 

自分の視線が、硬さを帯びてくるのがわかる。

 

そんな001に気付かないのか、

気付いてもそれさえも受け入れてくれているのか、

 

半分閉じかかった009の瞳は001をみつめて

左手でやさしく髪をなでてくれていた。

 

まるで001の父親か兄になりたがっているようだ。

 

代償行為・・かな?

 

自分がどんなに欲しても得られなかった親の愛を

誰かに与えることで心の平安を得ているのかも。

 

冷静に分析する一方で、

そうされることを心地よく感じている自分がいた。

 

009の最大の武器は、これ、かな。

 

 

いつしか日は傾き、陽だまりの温かさが失われていた。

001は床に落ちていた毛布を、

再び眠りについた009と自分の体にかけた。

 

遠くで、仲間たちの声がする。

地下室から消えてしまった009を探しているようだ。

 

呼ぼうとして、やめた。

みんなが009を見つけてしまったら、このひとときも終わってしまう。

 

このぬくもりも、安らぎも、

いつでも独り占めできるものではないから。

 

001もあくびひとつして、

暖かい腕の中で目を閉じた。

 

おしまい

 

31.Jan.2013