記憶のない海

中編

 

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僕が宇宙で受けた傷が癒えるころには、仲間たちは世界中のBGの、ほとんどの施設と研究データを破壊し終えていた。

 

001指揮のもと、その素早さは見事なものでBGの残党や関連施設は体勢を立て直す暇も与えられず、がれきの山に埋もれていった。

 

一度だけ、最後の掃討作戦に僕も参加したことがある。

 

比較的設備の整った研究施設で、まだBGの残党や研究者たちが わずかながら残っていた。

 

仲間たちは内部の人間に一方的に退避を命じると、すぐに破壊に取り掛かった。

 

003はメインコンピュータにアクセスし、あらゆるデータを破壊し、基地の管理システムを麻痺させた。

逃げ遅れた人が閉じ込められているか確認さえしなかった。

 

他の仲間は武器庫から  爆発物を持ち出し、あらゆる機器を・・・施設を破壊して回った。

大きく砕け、何の装置かわからなくなっても、まだマシンガンで粉砕していた。

 

僕は、その時の仲間たちの 鬼気迫るありさまに みんながどうかしてしまったんじゃないかと、本気で怖かった。

 

僕だって、何度も命を狙われたし、親しい人たちを殺された。

BGは心の底から憎んでいるし、滅亡させたかった。

 

だけど、この時のみんなはそんな生易しいものじゃなかった。

 

敵を消滅させなければ、自分が消される。

この世に存在した痕跡さえ許さない。

そこには、言葉に出来ないほどの恐怖と憎しみがたっぷりと染み込んでいた。

 

BGの島で初めて出会って、脱出してから一緒に暮らして、一緒に戦ってきたのに、

僕とみんなは決定的に何かが違っていた。

 

僕はあそこまで何かを恐れ、憎んだことはない。

敵を、自分自身を呪ったりできない。

 

いったい何が違うんだろう。

 

よく考えてみると、僕だけあることを経験してないのに気付いた。

 

僕はBGの施設で、訓練を受けてない。

改造手術が終わってすぐ、みんなと一緒に逃げだしたから。

 

サイボーグ研究開発施設

そこはおぞましい人体実験と訓練の見本市みたいなところで、生き残る人のほうが断然少なかったんだと002がぽつりと話してくれたことがある。

 

仲間たちはみんな、そこで実験動物のように扱われ、殺し合いをさせられ、監禁されていながら、BGの与えるエサで命を繋ぐしかなかったんだ。

何か月も、何年も。

 

まともな人間に、それがどんな恐怖と屈辱か、容易に想像できた。

 

 

最後まで残った科学者が、仲間の一人に取りすがって懇願していた。

破壊しないでくれと

ここにあるものは生涯かけた研究なのだと、泣いて訴えていた。

 

彼は突き飛ばされ、床にたたきつけられた。

それほど力を込めたつもりはなかっただろうけど、研究三昧の科学者を気絶させるには十分な衝撃だった。

 

ギルモア博士を振り返ると、唇をかんで目を閉じて耐えていた。

 

科学者にとって、研究成果はわが子同然だ。

いくら悪しきものでも、自分の係わった研究が火にくべられるのを正視できるはずもない。

白髪頭の老人はオレンジの炎にぬれて、いつもより一層老いて見えた。

 

たとえ悪の目的で行われていた研究でも、将来、何の役に立つかわからない。

いかなる場合でも、記録は保管しておかなくてはならない。

 

なんて理屈はあの時のみんなには世迷言でしかなかった。

 

下手に制止したら、ギルモア博士でさえ皆の怒りに触れたかもしれない。

 

 

 

僕は気絶したBGの科学者を 海に通じる脱出口に運んだ。

脱出用ポッドに押し込んだところで、

科学者は目覚めて、僕に酷い悪態をついた。

 

「どうか生き延びてください」

彼は憐れみと感じたのか、唾を吐きかけてきた。

 

「生き延びて、今度は世界の人が幸せなる研究をしてください」

科学者はまだわめき続けていたけど、僕はハッチを占めて脱出のスイッチを押した。

 

僕の言葉は あの修羅場では陳腐にしか響かなかったけど、

だけど、言える言葉はそれしか思いつけなかった。

 

彼が逃げ延びて、その後なにかの開発に携わったとしても、

仲間たちにこんなことを二度とさせないでほしい、 それだけだったんだ。

 

 

それから数年して、偶然その科学者を目にする機会があった。

 

ある義肢装具(義手・義足)メーカーの研究所で 若い技術者たちに指導をしている姿がニューストピックスの片隅に映っていた。

 

明るく穏やかな笑顔に 僕はほっとした。

 

仲間たちは みんな僕を甘い奴だというけど、

僕もそう思うけど、

信じたくなるのは、こんなありきたりの、他愛のない事なんだ。

 

 

BGがこの世から消滅してもう何年も経った。

仲間たちの恐怖と憎悪は まだ癒えてないんだろうか?

 

 

 

歩けるほどに回復したベリンガーを、僕は工場の陰に引っ張っていった。

いつまでも道路の真ん中に座り込んでたら、002に見つけてくれと言ってるようなものだ。

 

教授は所持品と金が 下水の藻屑と消えてしまったショックに呆然としていた。

「これからどうする?」

僕は訊いた

「どうするも何も・・・・金はなくなった。お前に支払う金どころか、わしは無一文だ。」

 

「ですが、データカードは無事だ。あなたの頭脳も。金はなくなったが、データの復元は出来るだろう?」

 

「復元…?」

「そう、今やあの貴重なデータを読めるのはあなたしかいない。その研究を引き継げるのも。」

ベリンガーの目に光がもどりかけたが

 

「貴様…わしに解読させて、復元したデータを持ち逃げする気じゃないだろうな。」

「持ち逃げも何も…これは元から私の物だ。

 

それに考えてみろ。交渉が決裂したら、私は仕事の一つを失敗する。だが、一番困るのはあなただ。」

 

ここでデータの復元を渋り、Qと別れた瞬間からベリンガーは無防備なまま 放り出されることになる。

所持品はすべて流されて、車も002たちに抑えられているから街までの脚さえない。

 

考えなくても、取れる道は一つしかない。

ベリンガーは不安そうに口ごもりながら言った。

 

「本当に…データを復元したら、わしを迎えてくれる組織があるんだな?」

大きくうなずきたいところだけど、

「それは分からない。私にはあなたを組織に紹介することはできても、迎え入れる権限はない。復元したデータの価値と、あなたの頭脳次第だな。」

 

老いた科学者には気の毒だけど、これって仲介屋としては当たり前の回答だろう?

 

彼は前の組織で、大した働きが出来なかったから消されそうになった。BGでもギルモア博士ほど研究の中心にいたわけじゃない。

科学者の能力としては今一つなんだろう。

 

ベリンガーは自分でもその辺がよくわかってるみたいで、しばらく黙りこんでいたけど、

「わかった。わしに他の選択肢はない。ひとまずデータの復元に力を貸そう。それに、あんたは強いし、あのサイボーグどもから わし一人では逃げ切れんしな。」

 

―――ありがとうジェット。お蔭で第1段階クリアだ。

 

 

隠してあった車に博士を連れて行きながら、尋ねた。

「これからどこへ行くんだ?」

「データを復元するにはBGのシステムが必要だ。システムは門外不出だったし、BGの基地は奴らにほとんど壊されてしまった。」

さっきとぼけておいたから、その辺から突っ込んでみる。

 

「ブラックゴースト? 

さっきもそう言ったな。名前だけは聞いたことがあるが・・・本当に存在するのか?」

「存在していた。

わしはそこで・・・サイボーグの開発を研究しておったのだから。」

「サイボーグ?このデータの?」

「そう、あんたの出品したデータはサイボーグ開発の記録だ。不完全な記録でも、そのくらいは分かるだろう。だから、オークションに出品したんじゃないのか?」

「ああ、だが、半信半疑だった。現実に強化人間の技術が可能なら、それこそ世界中のマフィアが…いや、軍事大国が欲しがるだろう」

「現実も何も、さっき見ただろう?工場でわしらを襲撃してきた男。あれがサイボーグじゃよ。」

「あれが!!」

我ながら白々しいなぁ。顔を隠しておいてよかった。

 

「そう、やつらはごく初期の試作体でな。生みの親であるBGを裏切って、事もあろうに壊滅に追い込んだんじゃ。恩知らずで非道な輩だ。」

 

それからベリンガーはBGの栄光と滅亡までのいきさつを 裏切り者への呪詛をちりばめながら説明した。

僕は聞き流しながら、そっとため息をついた。

 

―――やっぱりBGの科学者は 大部分が僕らの事恨んでるんだな。当然だけど・・・

これじゃ、真正面から訪ねて、あのことを教えてほしいって言っても、無理だよな。

 

お蔭で僕は 仲間に隠し事をし、002を相手にやりあうことになったんだけど・・・

 

ベリンガーはまだ だらだらと僕らの悪口を並べている。

「試作品の分際で。」

何度目かの捨て台詞を吐き、僕はそこに話を繋いだ。

 

「試作体は1から9までと言ったな?それ以降はいないのか?」

ベリンガーは唐突な問いにきょとんとしたが、すぐに思いめぐらせて、

「いた。13まで試作体が作られて、量産タイプへと移行したんじゃ。」

「その・・・10から13までのサイボーグはどうなった?」

 

ベリンガーは顔をしかめて、

10から13は、9までと戦わせる目的もあったんじゃ。」

「どれも倒された、と?」

「そう、やつらはBGを心底憎んでいる。追手のサイボーグは、みんな殺され、ケシズミになるまで燃やされた。人工脳からデータが取れないようにな。」

 

―――そんな目的じゃなくて、成り行きだったんだけど…。

 

僕は苦い思い出をたどりながらも、物事は人によって解釈が全然違うんだなと、呑気に思っていた。

 

やがて、工場地区の植え込みの陰に隠してあった僕の乗ってきた車に到着した。周囲を素早く探ったけど、人が隠れている気配はない

 

キーを解除すると、ベリンガーはドアにかけた手をふと止めた。

 

「あ、いや、待て。最後の13だけは回収されたと聞いた。」

「13・・・」

 

「そう、今だから言えるが、13は1から9より遥かに性能は上だった。巨大なロボットと連動しているサイボーグでな。一体で小国の軍隊くらい相手に出来る奴だった。そいつは本体の、サイボーグ体のほうが回収された。」

「その本体は、どこへ?」

「さあ、奴らに負けた以上、失敗作だからな。廃棄されたんじゃろ。」

 

―――廃棄

 

予想していた答えだった。

 

―――やっぱり・・・0013は人として埋葬さえしてもらえなかったんだ。

 

僕はハンドルを握りしめ、指の震えを抑えた。

エンジンがかかる音にまぎれて、深呼吸し、気持ちを抑える。

 

「それで、どこへいくんだ?」

作られた声をさらに低くして尋ねた。

「南下して、S市に向かってくれ。」

「S市?1000㎞ほどあるな」

「そう、その沖合の小島にBGの施設がある。もしかしたら、まだコンピュータが生きていて、システムを使えるかもしれない。」

 

―――BGの施設。

それこそが 僕が手掛かりとして欲していたところだ。だけど・・・

 

「まて、その施設は、使えるのか?さっき、すべてBGの基地は破壊されたと言っていたじゃないか。」

「わからんよ。だが、わしの知る限り破壊されてはない。たぶん、かなり前に閉鎖された施設だから、奴らの殲滅リストに入らなかったんじゃろ。

施設と言っても処分場だしな。」

「処分場・・・て、ゴミ捨て場か?」

「そう・・・。施設がいっぱいになったから閉鎖された。ああ、さっき言ってた0013も運ばれたじゃろ。研究処分品や試作品を処理する施設だったからな。」

 

ベリンガーにとっては何気ない付け加えだったけど 僕にとってはまさに

 

―――アタリを引きあてた。

 

この数年、ずっと求め続けて、

手掛かりの末端でもいいからと仕掛けた網に、本命がかかったんだ。

 

 

 

 

 

僕たちは一路S市を目指した。

アメリカの平原で1000kmの距離はそれほど遠くない。

僕は一晩中運転し続け、翌朝には海沿いの街S市に到着した。

途中、上空を気にしていたが、002は現れなかった。

 

―――うまくまけたのかな?

―――もしかして、まだ工場の床に張り付いてるとか? 

この先ジェットに会うのが怖くなる。

 

早々に、手の内のトリモチバズーカも見せてしまったし、誰か他の仲間が一緒に来てるとしたら、ますます厄介だ。

 

出来れば、もう現れないでほしいと願いながら、港で貸船を探した。

早朝の港は市場の活気であふれていたが、観光客相手の貸船屋はまだ開店していない。ようやく一軒のレンタルの文字を見つけてガラス製のドアを押すと、眠気との戦いで不機嫌極まりない表情の中年女性が、どっかりと座っていた。

 

船を貸してほしいと言うと、一隻しか空きがないと言う。

少し小さいけど他にあたっている時間が惜しい。それでよしとし、ついでにガソリン式の発電機も借りた。

 

女性店員は関係書類に何事か書き込んで、桟橋の一つを顎でしゃくった。

The Big Dipperって船だよ」

 

桟橋で目当ての船を探すのに、少し手間取った。

他の 中型の豪華な釣り船に隠れているThe Big Dipperを見て、やや拍子抜けしてしまった。

 

―――船外機・・・。

 

僕の育った海辺の街でよく見かけた、小型の船に、外付けのエンジン・スクリューのついた簡単な船だ。

モーターボートよりは はるかに大きいけど、明らかに名前負けしてるなぁ。

こんなので燃料もつかな?

発電機のこともあるし、どこかでガソリンも調達しとかなくちゃならない。

 

ベリンガーはS市に到着後も おどおどと周囲を警戒していた。

 

戦闘用サイボーグに命を狙われているんだから(と思ってるから)無理もない。

だけど、人生の秋口を過ぎた身体に昨日からの緊張は堪えていた。

 

借りてきた発電機を抱えてThe Big Dipperに飛び移ると、あわててベリンガーも甲板に飛び移ってきた。が、小型船は大きく揺らぎ、バランスを崩して傾いた。とっさに腕を掴まなかったら、ベリンガーは転んで海に落ちていただろう。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、なんとか・・・。ありがとう。」

突然の小さな災難に、脂汗を滲ませて応じた。

 

「ガソリンを調達してきます。その間、休んでてください。」

桟橋のすぐ横で、船舶用燃料を販売している店を見つけ、そのすぐ近くの屋台の席に老人を座らせた。

 

命を狙われた挙句、徹夜の走行、これからの小型船舶での航行・・・ベリンガーは丸くなりかけた背中をさらに丸めて、背もたれによりかかって額を抑えていた。

屋台で購入した冷たい飲み物にも手を付けようとしない。

 

なるべく急いでガソリンを購入し、タンク片手に出てきた時も、老人は同じ姿勢で座っていた。

早朝とはいえ、港周辺は市場の活気であふれている。

少しだけなら大丈夫だろう、と彼を置いて、ガソリンだけ船に積みにいった。

 

こんな人目のあるところで、002が仕掛けてくると思わなかったんだ。

 

やっぱり僕は 甘いというか…危機意識が足りない。

 

002は仕掛けてこなくても、他に敵がいると どうして考えなかったんだろう。

地下で水に追いかけられたとき、002の仕業じゃないと思ったのに。

 

 

 

 

 

屋台の座席は空になっていた。飲み物は地面に黒くシミを作り氷が朝日に光って散乱している。プラスチックのカップだけが風に揺れいていた。

 

「ここに座ってた人は?」

屋台の店員に尋ねると、数人の男と国道の方へ行ってしまったという。

―――国道…連れ去られたのか?

 

僕はバズーカと小型PCの入ったバッグを肩にかけなおすと、走り出した。

こんな街中で加速装置を使うわけにはいかなかったけど、港の雑踏を抜けるころ遠くにそれらしい人影を見つけた。

 

ベリンガー博士の小柄な体を両脇から抱えて引きずるように体格のいい男が3人、足早に去っている。

 

どれもコートと帽子で本体を隠し、爽やかな夏の港町で、僕同様、自分から怪しいと宣伝してるような服装だった。

 

市場周りは賑やかだったけど、ここまで来たら、周囲に人影はない。港特有の大きな倉庫が並んでるだけで、就業まで まだ間があるのか無人だ。

 

一気に間を詰めようと速度を上げかけたとき、路上駐車のトレーラーの蔭から誰かが体当たりしてきた。

 

僕が建物の間に倒れこむと

間髪入れずそいつは膝を上から突き立ててきた。

鋭い腹への一撃にひやりとしたけど、すぐに振り払って帽子を押さえながら身構える。

 

人間相手だと思ってるから、ちょっとは力を加減してくれたのか、それとも変装の為に胴回りに詰めたクッションが功を奏したか、

ダメージはない。

 

僕同様、身構えた002の瞳はキラキラと光っていた。

オレンジがかった髪と併せて、まるで闘志がそのまま燃え上ってるようだ。

 

戦いのときの彼は 背中か足の裏しか見ることがなかったけど、敵として正面から向き合うと

 

―――きれいだ。

 

そんな呑気な感動は彼の攻撃で中断された。

文字通り空を切り裂いて、鮮やかな蹴りが繰り出される。その一つ一つは的確で、無駄な動きはひとつもない。

 

僕は彼の攻撃を受けながらも、かろうじて首から上は庇った。だって、帽子をとばされたら正体がばれてしまう。

 

同時に、バッグから武器を出すタイミングを計った。

 

トリモチバズーカは 使ってみてわかったけど、弾が恐ろしく遅い。

なんたって弾が粘着剤の塊なんだから空気抵抗も半端じゃない。昨日は至近距離だったから なんとかなったけど、狙ったところに当たる保証もまったくなかった。

 

それに、この状態で飛び道具を出したら、002は飛行能力か加速装置を使うだろう。

そしたら、僕もサイボーグの能力を使わないわけにはいかなくなる。

 

002が通常モードで勝てると思わせておきながら、バズーカを使う隙をうかがわなくては・・・

ややこしい戦い方だな。

 

こうしてる間にも、ベリンガー博士はどんどん遠ざかっている。

早くかたをつけて追いかけたいんだけど、今の状況は圧倒的に不利だ。

 

002の連続攻撃の隙を縫って、僕は彼の軸足を払った。

だけど、こんなことで彼が転ぶわけがない。

繰り出した脚を支点に、さっきまで体を支えてた方の脚が、強烈に僕の側頭にヒットする。

 

僕は帽子を押さえたまま、膝をついた。

 

ひどいダメージを受けたふりをして002の次の出方をうかがったとき、002が僕の背後を見てはっと身をひらめかせた。

「やめろ!」

銃声が響くのと、002が消えるのは同時だった。

 

―――加速装置?!

次の瞬間彼は 黒づくめの男と僕の間に現れ、僕を狙った弾を掴むと、くるりと1回転して着地した。

 

男はこの世ならぬものを見て色を失っていた

「ば・・・ばけもの・・・・」

「誰が化け物だ!」

喰ってかかる002.

 

―――あれ! これってチャンス?

 

僕は素早くバッグからバズーカを取り出すと、狙い定めて発射した。

 

002は避けようとしたけど、一瞬遅く、倉庫の壁に背中を密着させて、貼り付けられてしまった。

 

黒服の男は、僕の持つバズーカを見て、一目散に逃げ出した。

あいつを追えばベリンガー博士に追いつける・・・

 

駆け出そうとして、僕は危うく002を殺してしまうところだったのに気付いた。

 

彼をからめ捕った粘着剤は口と鼻をふさいでいたんだ。

 

鳥が空を飛ぶために 生物としてのいくつかの利点を手放しているように、

002も他のメンバーの体より不便な点がある。

 

身体を動かすために酸素をたくさん必要とするし、シェイプされたボディのため胸のタンクだってずっと小さい。

特に今みたいに連続攻撃の後は息を荒くしてるのを、よく見た。

粘着剤がはがれる12時間後まで 彼の体が無呼吸で もつわけなかった。

 

僕は改造したスタンガンを取り出した。

 

002は倉庫の壁に体を貼り付けられ、呼吸できないまま、粘着剤をまぬがれた片目で こちらを睨みつけていた。

オレンジがかった闘志は衰えるどころか、圧力を地の底で溜めているマグマのようだ。

 

う~、こわいっ。

こんな時のジェットって、手負いの肉食獣みたいだ。

でもやっぱりきれいだな。

 

呑気さが またも命取りになった。

電流で粘着剤の上半分が流れ落ちた途端、002が攻撃に転じた。

 

鋭い手刀

 

とっさによけようとして、狙いがそれて喉に突き刺さる。

002が しまった という表情をした。

―――戦闘サイボーグの突きをくらわせてしまった。

 

喉を抑えてよろめいた僕を抑え込もうとしたけど、

まだ胴回りが倉庫に張り付けられている。

ひとたび伸びた粘着剤に勢いよく引き戻されてしまった。

 

彼が再び倉庫の壁に密着すると同時に、僕の背後から破裂音が聞こえて、銃弾が頭をかすめて倉庫の壁に穴をあけた。

黒服の男が戻ってきて、僕を再度、狙ったみたいだ。

 

奇襲に失敗したと知った男は、舌打ちして再び背を向けて走り去る。

「待てっ。」

 

思わずあげた自分の声に、ぎょっとした。

それは Qの低い、くぐもった声じゃなくて…

 

恐る恐る振り返ると、002も呆然として僕の顔を見てる。

「おまえ・・・・」

僕は頬が引きつるのを感じた。

 

―――・・・どうしよう。

冷たい汗が背中を だ~っとつたう。

 

その時とった自分の行動は最善だったか最悪だったか・・・

 

僕はバズーカを構えなおし、壁に張り付いたままの002に照準を合わせた。もちろん今度は呼吸をふさがないよう体幹を狙う。

「おいっ、こら!」

 

バフンバフンと鈍い空気音が響き、

怒り狂った002の罵声が飛ぶけど、すでに敵に対する声色じゃない。

 

僕は彼に背を向け、全速力で博士と黒服の男たちを追いかけた。

 

「こらっ、待てっ。外していけ!!」

倉庫の壁をひっぺがさんばかりに002が粘着剤の中で暴れまくってる。

「なんのつもりだ。この野郎」

 

―――ごめんっ 002!

僕はこの先訪れる暗澹たる未来に戦慄しつつ、さわやかな朝日の下を走り続けた。

 

 

 

 

10

 

002から逃げるために、いや、ベリンガー教授を一刻も早く助け出すために、必死で走ったので、危うくマフィアたちを追い越してしまうところだった。

 

敵は銃を構えて何か叫んでたけど、無我夢中だったのでよく覚えていない。

気付くと教授を小脇に抱えて桟橋に戻ってきていた。

 

薬をかがされて意識を失っている教授をThe Big Dipper号に乗せて、僕は一目散に出港した。

S市が水平線にぼやけても、後ろの空ばかり気になった。

こうなってしまったら仕方ない。002が追い付いてくる前に僕の目的を果たさなくちゃ。

 

ほどなくベリンガーが気付いた。

「博士、あなたの言う島はここで間違いありませんか?」海図を示すと

 

「声が…」怪訝そうにな表情をした。

「敵の攻撃を受けたんだ。喉がおかしい。」

精いっぱい低い声で答えておいたけど、そりゃおかしいだろう。

喉をつぶされたら声が若返ったなんて。

 

002の手刀で 人工声帯に仕込んだ変声器が壊れてしまったんだ。

ベリンガーに見えないように喉の奥から引っ張り出し、溜息一つついて、海に捨てた。

 

―――どうして こんなことをしてるんだろう?

 

波紋が遠ざかるのを見送りながら、僕は今の状況に少しばかり うんざりした。

―――仲間たちに秘密を作って、ジェットを怒らせて…

 

でも、僕の目的を諦めるかと問われれば、それは絶対に出来なかった。

 

僕は、何としても0013を見つけたかったんだ。

 

 

戦いの日々が終わり、ようやく落ち着いた生活を送れるようになってきたころから、

僕は0013を探していた。

 

彼が死んでしまったことは分かっている。

それでも彼に関することを、何でもいいから知りたかった。

 

最初、0013の哀しい最期は、他のつらい記憶と同様、月日が経てば心の中で整理され、だんだん薄らいでくるだろうと思っていた。

 

だけど彼の事だけは、何故だか忘れられない。

 

出会って、あの海辺の町で別れるまで、数回・数時間しか一緒にいなかったのに、その時のことが鮮明に思い出されて、夜中に たまらなくなって、眠れなくなることもあった。

 

何故 こんなに気にかかるんだろう。

まるで彼と僕の一部がどこかでつながっていて、絶えず彼の哀しみが流れ込んでいるみたいだ。

 

忘れようとすればするほど気になって、意識の底に押し込めきれず、

半ば自分を持て余して、何でもいいから彼に関することを探そうと決めた。

 

だけど、いざ、探索を決意した途端、彼の事を何一つ知らなかったことに気付いた。

 

名前も0013としか知らない。

本当の名前も、年齢も、出身地も、友達や家族がいるのかさえわからない。

 

仲間たちも、彼に直接会ったことはなかった。

 

0013の存在は誰も知らない。

それを理由に放っておくのは、さらに辛かった。

 

旅行に行くふりをして、日本中の警察署で捜索願の出ている人のリストを調べて回った。

 

0013の家族か、学校の教師か、近所の人か 誰でもいいから、彼の事を気にかけた人がいて、探してくれているかもしれない。

 

0013にも少しでも心配してくれる人がいると知って、僕は救われたかった。

 

 

それさえも、徒労に帰すと、

残された可能性はBGの記録だけだった。

 

すべての施設は粉砕され、細かな部品さえも鉄くず同様になり、使い物にならなくなっている今、頼れるのは開発に係わった研究者の記憶だけとなっていた。

 

たとえ、BGが人類にとって許せない敵であっても、

0013を覚えている人がいて欲しかった。

 

彼が この世のすべての人にとって

「どうでもいい」「忘れさられてしまった」存在だなんて、哀しすぎる。

 

僕は自分の人工脳に隠されている、サイボーグ開発のデータを取り出し、おとりに使った。

 

一般の研究者には平凡な研究の、多少バグの入った不完全なデータに見えるように、しかし、かつてBGに所属していた人なら一目でBGの遺産とわかるように細工をして、科学者の交流サイト「蛇の果樹園」に出品した。

 

イワンに見つかったのは誤算だったな。

彼の使う検索エンジンに引っかからないように注意したつもりだったけど、

 

初めからみんなに告げて相談しておけば良かっただろうか?

でも、何年も前に死んでしまった敵のために、宿敵の科学者を頼るなんて、ありえないだろう?

 

―――0013の事を知って、それでどうする?

問われれば、黙り込むしかない。

僕自身でさえ、何故こんなことをしてるか、理由をはっきり言葉に出来ないんだから。

 

いまさら何をしたって、結果が変わることも ありえないんだから。