遠く離れた日本とパリで 夜空を見上げる
ジョーとフランソワーズの恋です。
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星に願いを ~日本の夜空に~
by.Kikko
日本 7月5日 夜
「明日は、日本を立つというのに、
ジョーとはまだ口をきいとらんのかい。」と、
ギルモア博士は、まるで独り言のように、
目線は、読んでいる本からはずさすジェットにきいた。
ジェットは、さっきからずっと窓際で時間を持て余すかのように、
左手でカーテンをいじりながら、
缶ビールを飲んでいた。
「あいつが、強情張ってるだけじゃないか。
別に、おれは、何にも悪いことはしていない…」
「うん?いや…強情という類でもないとは思うのじゃがのう。」
ジェットが日本に来た理由はいくつかある。
カナダのモントリオールのレースでジョーと合流したこと…
ちょうど、メンテナンスをしてもらう時期になっていたこと…
グレートの百面相の劇が日本で公開されていること…
ジェットに言わせれば、どれも、パッとしない理由ではあった。
ジェットは、日本でグレートの劇を見た後、
ジョーを誘ってフランスへ行って、
フランソワーズが主演するバレエ公演を鑑賞するつもりでいた。
だが、その目論見はそううまくいくものではなかった。
日本は現在、梅雨の最中…
ジェットは、何度か日本の梅雨は経験しているものの、
こんなに日本の梅雨をうっとうしいと思った経験はなかった。
どうにもこうにもUZAI日(これもジェットが言った)が続いていた。
そんな中、先日、彼とジョーは一戦交えてしまった。
ジェットは、日本に戻るとすぐに博士のメンテナンスを受けた。
グレートの劇の千秋楽が近づいていたので、
博士がジェット、張々湖、ジョーの分の千秋楽のチケットをとって
待っていてくれていた。
何とも言えない男4人の観劇、一応イワンもいたので、
男5人の観劇だったが、久しぶりのジェットの来日で
博士はとてもうれしそうだった。
グレートの喜劇もなかなかのものだった。
梅雨をパッと吹き飛ばしてしまいそうな痛快さがあった。
ジェットもジョーも久しぶりに腹の底から笑えた気がした。
そこまではよかったのだ。
もちろん、帰りはグレートも交えて、5人でパッと打ち上げをするはずが、
博士は孫のお世話があり、張々湖はディナーにお得意様がみえるとかで、
打ち上げに参加できなかった。
グレートは、劇団の打ち上げが終わったら合流するということで、
ジェットとジョーはさしで一次会…
やつのカナダ大会の優勝祝いをするはめになった。
そんなこんなで、お膳立ても整い
ジェットはジョーと一戦を交えることとなった。
「博士、あのベランダにある竹、
あの夏の和製クリスマスツリーみたいなやつってありゃなんだい?」
「うん?ジェットは知らんかったのかのう?
日本じゃのう、
7月7日に織姫と彦星の
1年に1度の逢瀬を祝う七夕祭りがあって、
笹飾りをするんじゃよ。
短冊というまあ千代紙みたいなやつに願い事を書くと、
届けられるというお話じゃ。」
「あれは、ジョーが飾ったのか。」
「そうじゃよ。もっとも去年やフランソワーズがいたときは、
彼女と一緒に飾っていたがのう。
いつも、フランソワーズも筆書きで短冊に願い事を書いておった。
きれいなかな文字だと、コズミ博士がほめとったっけ。」
「短冊に、願い事か…フランソワーズのやつ
『ジョーと一緒になりたい』とか…」
「いや、ふたりとも世界の平和のことを
祈りながら書いとったよ。
そういえば、フランソワーズの今度の講演会の演目は、
その「織姫と彦星」じゃったのう。
ギリシャ神話にもあるじゃろう、
オルフェウスとエウリュディケの話…。
まあそれの東洋版っていうのか日本版というのか、そんな感じじゃの。」
「え?これか?」といって、ジェットは、携帯を取り出して、
フランソワーズからきた写真を広げた。
確かに東洋を思わせる衣装に身を包んだフランソワーズは、
東洋系のパートナーと踊っているシーンの写真だった。
どうやら、今回の公演のパンフレットの写真らしい。
「あいつには、珍しく、
ずいぶんと艶っぽく写っているって思っていた。」とジェットはいった。
このメールは、ジョーも含めた一斉メールで流されていた。
メッセージの内容も、公演の期間と会場、そして、
「もし、こちらに来ることがありましたら、ぜひお声かけください。
お席とっておきます。」と書かれた事務的なものだった。
ジェットは、いや、このメールを受け取った仲間たちは、
「フランソワーズもあいつには、別の内容を送ってやればよいものを…」
と思った。
ジェットは、テラスに出て、笹飾りを確認した。
短冊には何も書いてなかった。
「ふん」と言いながら、ジェットは1枚短冊を手にして、
リビングに戻り、「世界平和」と堂々と書いた。
なかなか上手くかけたと自賛した。
そのとき、イワンが現れた。
「アレアレ、ソレニカイチャッタンダ…」
「何だ、イワン、起きたのか…。面白いこと何かないか…」
「フフフ、キミガヨロコビソウナ、
こすもすどりーむヲミセテアゲヨウカ?」
「コスモスドリームだって?なんだそりゃ。」
「うん? それは、
去年の七夕の日にジョーが受け取った宇宙からのメッセージことかのう?」
「ソウダヨハカセ。ハカセモミルカイ?」
「いや、わしはそんな邪推なことは遠慮しておくよ。」
「邪推だって?いいじゃないか、邪推。見せてもらおうじゃないか。」
「ジャア、そふぁニデモヨコニナッテ」
ジェットは、イワンの指示に従い、ソファに横になった。
うん?ここはどこだ?
あれ?あれはジョー?ずいぶんラフな格好で、
ずいぶん疲れた格好で…
川岸を歩くジョーはいつもよりも老けて見えた。
対岸には小学校に入る手前くらいの子どもたちが、
♪笹の葉さらさら軒端にゆれるお星さまきらきら、
金、銀、すなご…
と歌いながら、
さっきギルモア博士に教えてもらった笹飾りを川に流していた。
ずいぶんの古めかしい浴衣を着た5歳くらいの女の子が、
泣いていた。
どうやらその子の笹だけ上手に流れないようだ。
すかさずジョーは川から笹の葉を拾い上げてあげた。
そして、その女の子に「おかあさんに会えるといいね。」といった。
その子は「ありがとう…」といった。
ジョーはしばらくその子の後を漠然と眺めているようだった。
あの子も母親がいないのか…
そのためかジョーにとてもよく似た印象があった。
もしや、ジョーの子どもか…
でも、全くの日本人じゃないか…
その時、星がひとつ、すーと流れて消えるのと同時に、
ジェットは異惑星にいた。ここはどこだろう。
ジョーとフランソワーズが奇妙ないでたちで
その荒涼とした異惑星に佇んでいた。
バックの天の川が二人を明るく照らしていた。
フランソワーズがジョーの後ろから、
彼に声をかけた。
「とうとう、二人きりになってしまったわね。」
「それも、もう、別れの時」
「父なる太陽があと数時間で終焉を迎えようとしている。」
「永遠と思われた時間も終わってしまえばほんの一瞬…」
もう別れの時…
母なる大地は終わりを告げていた。
二人は別々の星へと旅立たなければならない。
「いやだ。きみと別れるのはいやた。
ここで、この母なる大地で一緒に死のう、フランソワーズ。」
というと、ジョーはフランソワーズを強く抱きしめた。
ジェットは、ジョーがいつになく積極的だと思った。
フランソワーズはしばらくのあいだジョーの胸の中で泣いていた。
「ぼくたちも、かつて繁栄した無限ともいえるこの生命とともに
一緒に抱きあいながら死のう。」
「でも、でも、ジョー、だめよ、死んではだめ。
私たちにはまだやらなければならないことがある。
それに、別れてもまた会える。」
「会えるだって、たった、年1回の出会いを、
きみは会えるというのか。」
「ええ、たとえ1年に1回でも…
そのときに、失われた二人の時間を取り戻しましょう。
わたしその時のためにいつもあなたを思って生きるわ。
現実に一緒にいなくても、心が一緒であれば…本質的には同じこと…
それに、生きることは死ぬことよりもずっと貴いことだから…」
「わかったよ。フランソワーズ。」といって、
ジョーは彼女の唇を奪った。
一瞬、ジェットは目を背けた。
「きみを思い、きみと会える1年に1回だけを心の糧にして、
生きていくよ。ぼくもきみにはいつまでも生きていてほしい。」
ジョーがそういうと、ふたりは別々の小型飛行船に乗り込み、
別々の方向へと飛び立っていった。
翌日、ソファでジェットは目を覚ました。
きちんとバスタオルがかけられていた。
ジョーのバスタオルだった。
「ふん、物理的に肉体が遠く離れていても、
精神が一緒なら同じってことか…。
でも、いつまで持つんだろうか…
いつまで待つんだろうか…
心を隔てる障害物はいっぱいあるだろうに…」
ジェットは、起き上がると、急いでイワンに礼を言い、
博士に別れを告げて、フランスへ向かった。
フランス 7月6日 夜
「ジェット!見に来てくれてありがとう。」と、
フランソワーズは、満面の笑顔で裏口から出てきた。
ジェットは、ちょっと照れながら、「よっ!」と手を挙げた。
彼女とジェットは、肩を並べて歩き始めた。
「ごめんなさい、ジェット。せっかく来てくれたのに、
あしたが千秋楽なもんだから…あたしこれから仕上げを…」
「相変わらず熱心だな…
今日の踊りは十分魅力的に踊れていたよ。
あしたに備えて今日はゆっくり休めばいいのに。」
「そうね…じゃあ、10時までにするわ。」
「よし、じゃあ、10時前にはとりあえず迎えに来るよ。
まだ、帰る便には時間があるからな。」
「え?きょう、帰っちゃうの?」と、
とても寂し気にフランソワーズはいった。
「いや、明日一番で帰る予定だよ。
おれも自分の練習場に行かなきゃならんしな。」といって、
ジェットは笑みを浮かべると、
「ありがとう。」とフランソワーズも微笑んで応えた。
演題は、Vega And Altair
Vegaの役に抜擢されたとき、フランソワーズは心底喜んだ。
でも、他のバレエ団員から
ライバルたちの反応は厳しかったが
無理もないことフランソワーズは納得していた。
フランソワーズが不意に行方不明になることは
珍しいことではなかった。
ネオブラックゴーストとの戦いの迎え、
そのときは、グレートとアルベルトが来てくれたのだが…
彼女はちょうど白鳥の湖の公演中で、
オデット姫を舞っていた。
無責任にプリマの座を投げ出して着任した。
そして、戦いが終わるまでの1年間は、
バレエにかかわれる時間がほとんどなかった。
もちろん、バレエ団とは音信不通の1年だった。
それでも、先生は嫌みのひとつも何も言わず、
「帰団」を受け入れてくれた。
しかし、団員たちの半数以上は、
フランソワーズの帰団を快くは思わなかったのも現実だった。
フランソワーズは才能も含めていろいろな方面から特別扱いを受けている、
と、時には人格をも傷つけるような中傷もあったし、
ゴシップ誌に取り上げられることもあった。
特に今回の主役は、帰団直後に彗星ごとく射止めたので、
「仕方がないわよね。
フランソワーズのテクニックは、最高だもの、
右に出る人は他にはいないわよね。
もちろん、夜のテクニックだけど…
先生もメロメロみたい…」
と、特別な能力を使わなくても聞こえるように囁かれていた。
フランソワーズに向けられた羨望の理由は
単に主役を射止めたから、それだけではなかった。
相手役、Altair役を演ずるToll Yamasaki は、
ダンサーの傍ら、ファッション雑誌のモデルをする
非の打ち所がない容姿を持った好青年だった。
フランソワーズと並べると、それはそれは絵になった。
バレエ団としてもふたりの技術はもちろんのこと、
広報するにも受けの良いふたりの姿を思う存分に宣伝できた。
なので、ふたりの熱愛報道も、
今回の公演の良い宣伝と受け入れていた。
案の定、公演は大人気の上、
関連商品も飛ぶように売れていたし、
公演継続や海外公演のオファーも次々に舞い込んできており、
先のゴシップ誌でさえ称賛の記事を書くなど、
まさに大盛況の状況だった。
彼女は、この何とも意味ありげな題材強く心惹かれていた。
寝る間を惜しんで練習に励んだのはいつものことだが、
今回は、演出にも熱心に取り組み意見も出した。
衣装は東洋風にするために、プリマドンナの二つの衣装には
フランソワーズの意見が採用された。
特に、プロローグとエンディングに用いられている衣装は、
紺のYukataのイメージのデザインで、
フランソワーズの提案そのものであった。
日本 7月7日 夜
「きょうも暑かったのう、ジョーや。」という博士の言葉に
ジョーは黙って頷いてから、そっとベランダに出て行った。
ふと、笹飾りに目をやると、
「世界平和」とお世辞にもうまい字とはいえない短冊を目にした。
「ジェットだな…よかった、ばれなくて。
彼女なら…ばれちゃっていたな…。」と思いながら、
思わず笑みを浮かべた。
ギルモア博士もベランダに出てきて、
「ジェットが、ジョーによろしくといっとったよ。」といった。
ジョーは照れ臭そうに頷いてから、
「博士、この浴衣ありがとうございました。」といった。
「なかなかどうして、よく似あっとるじゃないか。」といって、
博士も夜空をながめた。
『ほんとうは、今日ぐらい、浴衣を着たフランソワーズと
寄り添っていてほしかったがのう…』と、思いながら、
博士自身が書いた「世界平和」の短冊を結びつけてリビングに戻った。
ジョーは、懐から携帯電話を取り出して、例の写真を見つめた。
決して、戦っている時にも自分と二人きりの時にも見せない、
何とも言えない表情のフランソワーズを見つめた。
そして、隣に写っている長身の男性に目を移し、
グレートが言ってたっけ…
このパートナーと彼女が今回の公演で急接近して、
千秋楽が終わったら、婚約発表があるらしいと噂されていると…
グレートは、ご丁寧にも、ふたりの秘密のデートや
彼女の朝帰りのゴシップ写真の入った雑誌まで見せてくれた。
ジェットは、
「ちっ、こんなにいい女だったとは思わなかったな。」といい、
グレートも、「だろう?一緒にいるときは
こんなにいい女にゃみえなかっただろ…」といった。
ジョーはそのとき、だまって頷くのが精いっぱいだった。
ジョーは、そっと夜空を見上げ祈った。
「いつまでも、平和が続きますように…
フランソワーズが幸せでありますように…」
彼女の幸せを祈ったとき、どうしょうもない気持ちが込み上げてきた。
彼女の幸せは、彼女が別のふつうの人との生活を築き上げること…
彼女が別の男性と幸せな結婚をすること…
それは、もう自分とは交わうことのない、彼女の人生…
それを自分は望んだはずなのに…
そして、去年のゆめに思いを馳せていた。
急にゆめの彼女の声が聞こえた…
『たとえ1年に1回でも…
そのときに、失われた二人の時間を取り戻しましょう。
わたしその時のためにいつもあなたを思って生きるわ。
現実に一緒にいなくても、
心が一緒であれば…本質的には同じこと…
それに、生きることは死ぬことよりもずっと貴いことだから…
愛しているわ…ジョー…』
とその時、
携帯電話が仲間の誰かからのメール着信を告げた。
ジョーは咄嗟にメールを開けた。
ジェットからだった。
「おまえ、彼女の生胸(右)を見たことあるか?
このアドレスは、彼女の兄のアドレスだ。
おまえと連絡を取りたがっている。必ず連絡するように。」
2016.7.2 by.Kikko
ちょっと休憩・・・・
この小説を寄せて下さったKIKKO様のサイトです。
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すてきなジョーとフランソワーズの恋がいっぱい♡
併せてお楽しみください。
今年の七夕は 夕刻早い時間に夏の大三角形が見られました。
2005年から今年まで 七夕はずっと梅雨末期の大雨だったので
織姫彦星の逢瀬は数年ぶりでございます。(2013年だけ晴れてます)
七夕の天気 参照
ジョーとフランちゃんの恋のごとく、なかなか上手くいかないもんです。
今年の動画は 肉眼では見られない星雲の数々 音が出ます
広大な宇宙の動画の後は ジョーとフランソワーズの恋の行方 後半 をどうぞ。
星に願いを パリの夜空に
パリ 7月6日 夜
今晩は、明日に向けた最後の練習だからと、
フランソワーズは自分がイメージして作った
仮衣装を身に着けて練習していた。
基礎練習に没頭していると
相手役のトールが入ってきて声をかけた。
「ぼくも、 クライマックスシーンを
きみと合わせたいと思って…」
「うれいしいわ…ありがとう、トール。
よろしくお願いします。」
トールは、練習にモデルにと忙しい毎日を送っていた。
フランソワーズとトールとはプライベートで話をしたことはなく、
こうして二人きりになることもなかった。
だから、ゴシップ誌が書き立てるような事実はなかった。
しかし、フランソワーズは、Vegaになると、
Altairを心底愛しい気持ちでいっぱいになり
恋い焦がれて、会いたくて…
切ない気持ちが心の中を満たし、 Altairしか見えなくなっていた。
AltairであるトールのVegaに対する気持ちも同じだった。
しかし、今は、観客のいない二人だけの世界…
いつも以上に感情移入された。
クライマックスのふたりのシーンの直前の、
彼女が彼を思ってソロで舞うパートになった。
切ないメロディーに乗りながら、彼女が舞った。
会いたい…早く…
触れたい…早く…あなたに…
そんな思いが迸っていた。
天の川の向こうにいる彼を見つけた…
彼も彼女を見つけた…
宇宙にはもう、彼と彼女しかいなかった。
踊りとともに気持ちも絶頂に駆け上がったシーン。
彼が彼女を高く持ち上げてその後、
舞い降りた彼女を後ろから彼が抱きしめるところで、
彼の演技にトラブルがあった。
彼の右手が、彼女の左胸に滑りこんだ。
思わぬ事態に彼女は、
振り向き際、彼の名を声なく叫んだ。
“ジョー!” ハッとして彼の手を振りほどこうとしたが、
彼は逆に彼女の胸を開き、
「愛している」と叫びながら、
彼女に覆いかぶさってきた。
「ジョーじゃない」と
陶酔から目を覚ました彼女は
彼を振りほどこうとしたが、
「だめ、彼をケガさせてはいけない」といった理性が働いて、
「トール、やめて、お願い。」と拒絶の声を上げたものの
行動には移せなかった。
「おい、何しているんだ。」と
真にそのとき、ジェットが入ってきて、今にもトールに殴りかかろうとしていた。
「ジェット、乱暴はやめて。お願い」との彼女の言葉に、
比較的優しくトールを彼女から引きはがした。
そのとき、一瞬彼女の右胸がジェットの目に飛び込んできた。
少し冷静になったトールは、ジェットに向かって、
「あなたは、彼女と特別な関係なんですか?」ときいた。
「特別な関係といえば特別な関係だが…
いわゆる男と女の関係じゃない。」と
咄嗟に正直に答えた。
「そうですか。じゃあ、言わせてもらいます。」と
トールは彼女を振り返り、
「フランソワーズ。ぼくはきみを愛している。
本当はあした…
千秋楽できみにプロポーズしようと思っていた。
男と女として付き合ってほしい。
答えは明日が終わってからでいい。
手荒なことをしてすまなかった」と言い残し、
ひとりその場を後にした。
「ジェット…ありがとう…助けてくれて…
あなたが今日来てくれて本当によかった…」
「いや、なに…
ジョーのやつを連れてこれなかったがな…」と言いながら、
ジャケットを脱いで、フランソワーズの肩にかけた。
「家に送るから、早く着替えろよ。
その衣装…大丈夫なのか…」
「ああ、これは、衣装合わせの時に仮に作ったものだったの。
一人で練習するときに使っていたの…
気持ちだけは高めて置きたくて…
明日が千秋楽だから、この衣装にしてみたの…。
この衣装ね、私のイメージでデザインしたのよ」
「そうか…
ああ、でもおれは、 最初と最後に着ていたやつの方がよかったな…
なんか、そう…お前ぽかったよ。」
「あ、あれ?」といって、彼女が指さしたところには、
紺色の浴衣を象ったした衣装がかかっていた。
「うれしい、あれは、わたしのデザインそのものだったの。
前に日本にいたときに、
わたしに博士が作ってくれた浴衣を思い出して作ったの。」
「そうか…そうだ、写真がほしいな。
ちょっとあっちに着替えてくれや。」というと、
フランソワーズは、うれしそうに頷いて、
「ちょっと待っていて。」と更衣室に向かった。
ジェットは、少し、さっきのトールと呼ばれていた
ジョーより日本人っぽい男、
そう、彼女の踊りのパートナーがかわいそうになった。
「昼間見た彼女の演技…
それはそれは切なく美しく、
そして、パートナーを魅了していた。
心底パートナーを愛しているという演技だった。
もちろん、彼も若いがこの道のエキスパートなのだろう。
十二分に彼女とつりあえる実力を持っていた。
1年に1日しか会えない二人の逢瀬…
なんともこの因縁的なテーマが、
きっと彼女は、かわいそうなパートナーを
あいつに見立ててずっと踊っていたのだろう、
レッスンしていたのだろう。
毎日あれじゃあ、
自分に気があると思っていてもおかしくない。
当然、明日が千秋楽でなければ、
彼女は自分を受け入れると思っていたんだろうな…
だが、きっと、舞台を降りた彼女はパートナーには、
よそよそしかったはずだ。
だから、今日の公演後におれとふたりで談笑していた彼女をみて、
急にあんな行為に至ったんだろうが…
うん、わからないでもない。」とジェットは頷いた。
そのとき、彼女が 「お待たせしました。」と衣装を着替えてきた。
パリ 7月7日 未明
おれは、さっきからずっと携帯電話を眺めていた。
殴られた頬が痛かった。
そう、フランソワーズをアパルトマンに送っていったら、
いきなり彼女の兄貴に殴られた。
兄貴は今日帰宅して、明日の彼女の舞台をみて、
明後日には任務に戻らなくてはならなかったらしい。
いっしょに夕ご飯を食べようとしていたのだろう。
それなのに、フランソワーズの帰宅が遅かった。
兄貴にしてみれば、
可愛い妹がまた行方不明にでもなったと思ったのかもしれない。
とにかくいきなり殴りかかってきた。
おれは、フランソワーズに、
「おい、家の中を確認するとかしないのかよ。」と
脳波通信できいたら、
「まさか、力は、ふつうは使わないわよ。
あなただって…」と
脳波通信でいってから、
いきなり、 「血が…」と声を出していって、
血を流しているおれを心配しているのかと思えば、
兄を振り返って、
「にいさん、手…大丈夫?」と兄を気遣った。
「にいさん、心配かけてごめんなさい。
彼はジェット・リンク、アメリカ人の大切なお友達なの。
カーレーサーなの。
わたしの舞台をわざわざ見に来てくれて、
明日には帰国する予定なの。
あしたの仕上げのレッスンが遅くなったものだから、
迎えに来てくれて、送ってくれたの。
わたしが落ち込んでいたものだから、
勇気づけてくれて…
ジェットもごめんなさい。
わたしの兄です。
とにかく、お茶を入れるからジェットもちょっと上がって」といった。
フランソワーズの兄貴は、
明らかにおれの名前と国を聞いたとき、顔色が変わり、
「すみません、どうぞ、上がっていってください。」と
急に丁寧な言葉遣いになった。
「いや、おれはここで。
フランソワーズ、またな。」と声をかけた。
ジェット、きょうは本当にありがとう。
また、フランスに来たら寄ってね。」と、
何とも事務的に済まされた気がした。
すると、兄貴のやつが
「いや、お詫びに…近くに行きつけのお店があるので、
そちらで…少し時間を…。」といってきた。
それでおれは、少し兄貴に付き合ってやることにしたが、
店には入らず、泊まっているホテルの方角に向かいながら、
兄貴と話をした。
「ジェット、きみは、日本人のジョー・島村を知っているかい?
たぶん、ハリケーン・ジョー…」
「友人だ。おれにとってはフランソワーズと同じ…」と答えた。
「そうか…もし、彼と連絡をとることがあったら、
わたしのアドレスを伝えてくれないかな。
きみのアドレスも教えてほしい。」といって、
携帯電話を差し出した。
おれは、何の因果かフランソワーズの兄貴とアドレス交換をした。
だがきっと、フランソワーズには聞けなかったんだろう。
ジョーのアドレスを。
そして、おれはまだ携帯電話を眺めていた…
やつになんて送ってやろうと思いながら…
あした、いやもう今日か…
ジョーはフランソワーズの舞台を見に来るのだろうか…
ギルモア博士の言うとおり、
いくら誘ってもくるやつではない。
今日あったこと、
おまえと、
フランソワーズの恋人と 2回も間違えられて、
とんだ災難だったこと…
書きたいことはいくらでもあるが…
悩みに悩んで、結局メールを送ったのは、
翌日、おれがニューヨークに着いてから、
彼女の千秋楽の公演が始まる直前の時間だった。
パリ 7月7日 夕刻
千秋楽、舞台が始まる前のミーティングで、
先生から地方公演が決まったという話があった。
でも、わたしは、今日の舞台でこのバレエ団を去る決心をしていた。
ジョーが来てくれても来てくれなくても、
最高の舞台で幕を閉じたいと思っていた。
今思うと、わたしはトールをトールと思って踊ってはいなかった。
いつもジョーを強く思って舞っていた。
トールには、申し訳ないことをしてしまった…
最後の舞台が終わったとき、
カーテンコールに応えてからフランソワーズは、
まるで腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
トールは彼女を抱き上げた。
みんながワーと歓声を上げた。
「フランソワーズ、最高だったわ。」
「トール、すてきだったわ。」
と 他のダンサーも次々私たち二人に声をかけた。
もう、誰もフランソワーズに悪意をもっていなかった。
フランソワーズが抱き上げられていることに戸惑った様子を
トールは察して、
「何もしないよ。プリマドンナ…」とだけいった。
そして、2回目のカーテンコールの幕が開いた。
ふたりが仲睦まじく、
しかもフランソワーズがとても初々しく見えたので、
カーテンコールが終わっても
拍手はなかなか鳴りやまなかった。
トールは、いつまでもフランソワーズを
下ろそうとはしなかった。
「あの…」とフランソワーズが声をかけたとき、
「きみの控室までこのまま送るよ。
かなり、疲れているんだろう。
大丈夫、昨日のようなことはしないから。」
最後の一言だけは
フランソワーズにだけ聞こえるように呟いた。
他の団員たちは、
次々に二人に公演の成功を祝う声をかけたが、
二人の関係を冷やかす声にも聞こえた。
この公演中に二人の仲は
公認の関係になってしまったようだった。
明日にはきっと、
ふたりの記事が大きく取り上げられることだろう。
公演の成功とともに。
一人の団員が、
「おいおい、二人でいなくならないで、
打ち上げには必ず来いよ。」といった。
フランソワーズは慌てて、
「あの…あたし、今日は兄との約束があって。」
「なんだって、兄さんだって?
主役の二人が来ないのかよ。」
「大丈夫、ぼくは兄さんには呼ばれていないので、
必ずみんなといっしょに行くから。」
トールはそう言い残すと、彼女の控室に向かった。
トールは、彼女を彼女の控室に連れていくと、
鍵をしめて、鏡台の前に座らせた。
「きのうは、あんな手荒なことをしてしまって、
本当に申し訳なかった。」というと、
ひざまずいて、
改めて、フランソワーズ、
きみにプロポーズをしたい。
プライベートでも、ぼくのパートナーになってほしい。」
「トール…ありがとう。
ごめんなさい。
わたし…わたしの片思いなんだけど…
好きな人がいるの…
その人のこと…まだ…忘れられないの…
あたし… 今回の公演はとてもやりがいがあった…
あなたに、いえアルタイルに…
彼の面影を映し出していたの…
ごめんなさい。
昨日の彼、ジェットにも怒られてしまったわ。
でも、今日も思い切り、
最後まで彼を思って踊ることができたの。
本当にありがとう。
パートナーがあなたで良かった。」
「フランソワーズ…
ぼくには、この先、一縷の望みもないのかな…。」
「…ごめんなさい…」
「わかったよ。
でも、今日の公演を最後に退団なんてしないでくれよ。
きみにこれからも魅了されるのはきついが、
この演目のプリマはきみでないとだめだ。
ぼくもプロだ。
舞台の上のヴェガだけを愛するように必ずするよ。」
「ありがとう、トール。
そのことはもう少し考えさせて。」と
寂しそうに彼女はいった。
彼は頷くと黙って出て行こうとした。
扉を開ける前に、
「最後にお別れのキスもだめかな」と
笑いながらきいた。
「ごめんなさい。」と
フランソワーズは悲しい顔で応えた。
彼は無理に笑顔を作ってから立ち去って行った。
パリ 7月7日 夜
パリの夜空も曇っていたが、
博士が送ってくれた真新しい浴衣姿のフランソワーズは、
テラスからずっとその夜空を見上げていた。
パリには、似つかわしくない笹飾りが
彼女の横にはためいていた。
ジョンは浴衣姿の妹と夕ご飯を食べた後、
ちょっと約束があるからと出て行ってしまった。
「にいさん、デートなの?」と
ちょっと恨めしそうにフランソワーズがきくと、
兄は、照れ臭そうしていた。
図星だったらしい。
フランソワーズは兄の携帯のアドレスに
女性を思わせる単語が使われていることを知っていた。
大好きなにいさんが幸せになってほしいと思った。
大好きなにいさんが…。
「日本は今、何時かしら…
ああ、日本の七夕の日は終わっちゃっているのね。
きょう、ジョーは来てはくれなかった。
ジョーにはジョーの人生があるってことも、
わたしたちは、仲間としてしか交われないこと…
わかっていたはずなのに…
もう、ジョーを忘れる決心はしていたはずなのに…
あたしは、きょうまで一日も
あなたを忘れることができなかった…
1年にせめて1日だけ、
いえ、一目だけでも会いたいなんて…
あたし…あきらめられないなんて…
そうよ、ジョーは、きっと、今頃、
ふつうの人間としての人生を
生きているに違いないのに…」
自分とは異なる彼の人生を思うと涙が溢れてきた。
そのとき、 「短冊に何の願い事をしたの。」という懐かしい声がした。
「ジョー…」といって振り返ると、
浴衣を着たジョーが立っていた。
本当に都合がいい夢でもみているようだった。
ジョーは短冊の文字を読もうとした。
「あ、だめ…」とフランソワーズは急いで
笹飾りに通せんぼうをしようとした。
そのフランソワーズをジョーは抱きしめた。
「ジョー…」涙が止まらなかった。
「フランソワーズ…」このまま時が止まってしまえばいいと思った。
ほんの数分間だが、ふたりは抱き合ったまま微動だにしなかった…
本当に時が止まってしまったかのように…
「ごめん、もう読んじゃったよ。
ありがとう、ぼくも同じことをお願いしていた。」
そういうと、ジョーは、彼女を抱き上げた。
「ジョー」
「ごめん、きみが別の人に
こうされている写真が送られてきて…。
きみの兄さんから…
あんまりきれいだったから…。」
ジョーの言葉は、ただの称賛だったのか、
やきもちだったのか、
どちらともいえない言葉だった。
「きみのおにいさんに、
五分だけ二人の時間を許してもらったんだ。
もう時間がない。
お別れにキスしてもいいかい。」
ジョーの言葉に、フランソワーズは、
兄が近づいてくるのを察知し、
そして、だまって目を伏せた。
ジャン・アルヌールがドアノブを回したとき、
二人だけの時間が終わった。
パリの夜空に揺れる笹の葉、
その陰で揺れる短冊には、
どれも美しいかな文字で、
「あいたい」とだけ書かれていた。
ジョーは、パリに来る前に、 自分に言い聞かせていた。
まだ、フランソワーズに決まった人がいなければ、 少しくらい彼女と話そう。
そして、フランソワーズに決まった人がいたら、 そっと陰から見守って帰ろうと。
*** *** FIN *** ***
2016.7.2
これにて 星祭り2016終了いたしました。
きっこ様、素敵な小説をありがとうございました。
おかげで これまでになく、ロマンチックな七夕が開催できました。
やっぱり七夕は 悲しい恋の果て、 ほのかな希望で締めくくりたいです。
また来年も 美しい夏の星々を仰げますように。